脳トレ論争に終止符を打つ
- 2011.05.22 Sunday
- ハピネス・レベルを上げるには?
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- by kobayashi-gd5
任天堂は「ゲーム脳の恐怖」というベストセラー本を逆用して「脳トレ」ブームを仕立て上げ巨額の利益を上げるのに成功した。
ぼくは、これまでに「脳トレ」(Brain Training)というキーワードで、ネット上の外国文献を検索して調査を続けてきたが、もちろん全部の文献が「脳トレ」効果有りとしているわけではない。中には「脳トレ」に否定的なものもあり、たとえば
1、「脳トレ」は任天堂の商業戦略に過ぎない。
2、「脳トレ」は、そのトレーニングによって限定された特殊な能力をアップするが、勉強と仕事に関する能力アップには役立たない。
という見解もあった。また、たまに「脳トレ」を擁護・推奨するものに出会うと、それはゲーム会社・おもちゃ会社のものであったりすることも多かった。
しかし、だからと言って「脳トレ」を、まるでゴミのように、簡単に捨て去って良いものだろうか?
ぼく自身はゲーム機を何台か所有していて、パソコンゲームの愛好者でもあり、これまでの「脳トレ」否定論には必ずしも 100% 賛成できないと感じていたのであった。
その後、調査を続けたところ、たまたま、ぼくの考えにかなり近いものが見つかったので紹介したい。
この見解は、おそらくマイナーだけども、決定的・最終的な結論に近いものだと思われる。また幸いにも、この見解は任天堂などのゲーム業界にとって利益の減少につながるものではないであろう。
簡単に言ってしまえば「脳トレ」は、仕事の能力「アップ」には、直接、役立つかどうかは、不明だけど、間違いなく確実に言えるのは、現在の脳力を、それ以上、悪くしないことには役立つというものである。ぼくが小学生だったころ、クラスで一番成績の悪い子がいつも先生に怒られていた。そして、その時の決まり文句は
「おまえの頭は、使わなければサビついてしまうぞ !!」
というものだった。ここで注目すべきことは、頭は使えば「良くなる」とは言っていないことである。使わなければ「悪くなる」から使いなさいと言っているわけである。
どんなものでも本来、持っている性能を100%引き出すのは結構大変である。機械を使わないで放置すればサビついて動きが悪くなる。自動車も、しばらく乗らないと調子が悪くなってしまうらしい。人間も病気で寝込んでしまえば、回復直後には、筋肉が衰えて走ったり跳んだりできなくなってしまっている。「脳」も同じで、単に現状を維持するだけでも、それなりに手間・暇かける努力が必要なわけで、何もしないで放置すれば、ただ一方的に悪くなるだけなのだ。
では具体的には、なぜ頭は悪くなるのだろうか、どうすると悪くなってしまうのだろうか?
1、 怒り、悲しみ、悩み、不安、心配事などに注意を向けてしまう。
2、 集中とリラックス(休憩)の切り替えがうまくできない。――脳は使い過ぎても過熱してしまうし、休憩(放置)が長すぎてリラックスし過ぎてもダメ。
3、 へんなものに興味・関心があって、長い時間を無駄に費やしてしまう。――有害なDVD、テレビドラマ等
4、 脳の使い方が偏っている。――――例えば、1日中テレビを見ている。または単にヒトの話を聞いているだけで、相手が何も要求しない。等。
「脳トレ」を、うまく使えば、これらの4項目を回避することが可能と思われる。したがって、間接的に、仕事・勉強に関する能力の維持・向上に役立つであろうと思われる。こうした理由で、ぼく自身も「脳トレ」を、うまく使いこなそうと日々努力しているわけである。
そこで「脳トレ」肯定派をおおいに勇気づけてくれる今回の記事を紹介しよう。
原題 不安で仕方がないならば、クロスワードパズルをやりなさい
physorg,2008/DEC/17th
不安を感じている人々は、恐ろしいことを考えまいとして、また厄介事について考えないために愚かな気晴らしに時間を潰してしまいがちである。しかしカリフォルニア大学バークレー校の研究者による新しい脳イメージング研究の結果は、落ち着きのない不安定な精神をうまくコントロールするためには、没我的なものよりも、精神を鋭く研ぎ澄ますような活動をして論理的推論と集中力を支配する脳領域を活性化する方が良いことを提案している。
経済危機と休日取得の義務は、人々の不安感を増加させる要因になっている。この研究は、これらネガティブな感情に打ち勝つのに役立つであろう。この研究は、ネガティブな思考から逃げるためには、皿洗いやテレビの昼ドラよりも、むしろ難しいクロスワードパズルまたはチェス(西洋将棋)に集中することを提案している。
「どちらかと言えば、難しい作業は、不安感を抱えた人々が脱線してしまうのを防止すし、その作業に留まりやすくなる。」;ソニア ビショップ、カリフォルニア大学バークレー校の研究者による新しい脳イメージング研究の主執筆者、12月14日ネイチャーニューロサイエンスのオンライン版に掲載)
ビショップの研究が示すことは、常時、不安感を抱いている人々は、最悪のシナリオを想像していない場合においても、アイロンかけとか書類の整理のような日常的な仕事に集中するのが困難であるということである。これは不安感を抱いている人々が気が散っていると、手仕事に集中するのに必要な脳の前頭前野を活性化させるのに苦労してしまうという理由による。
この発見は脳の不安回路の理解に関する新たな地平を切り開いた。不安に関する以前の研究においては、危険な時に保護するように身体に発せられる警報としての戦闘―飛行 反射(fight-or-flight reflex)を引起す扁桃体の過剰反応に焦点が当てられていた。新発見においては、不安感を抱いている人々の集中力の欠落は、努力を要求しない娯楽または家事に彼らが従事している時に、脳の前頭前野の反応速度が遅いことに起因していることを示している。
国立機関による調査では、成人5人中 1人が、ある期間において平均以上の不安感を体験している。この調査では、不安感を抱いている人々は集中力が欠落していることを認めている。しかし、この難点の原因が充分に理解されているわけではない。
ビショップと彼女のチームは、磁気共鳴画像(fMRI)を使って、17名の男女(19歳から48歳)に対してケンブリッジ大学において研究を実施した。彼らは不安感に関する標準テストにおいて、まちまちの得点であったが、治療は受けていなかった。彼らが画面
上において文字列検索作業をしている間に脳スキャンが実施された。
文字列中に“N” または ”X” を見た場合には、彼らは対応したボタンを押さなければならない。ある時には、NまたはX は容易に発見に発見できるが、ある時には文字列中に隠れている。混乱させるために、類似しているが無関係な文字が文字列の上下に配置されている。
文字列検索の難度が高い場合には、参加者すべての背外側前頭前野(計画、構成、記憶を司る)は充分に働いていた。しかし文字列検索が容易な場合においては、不安感の高い参加者の前頭前野の働きは、迷いが生じたため著しく低下したのである。これとは対照的に、不安感の低い参加者の場合には、気晴らしとして提出された手仕事にたいして、前頭前野を容易に活性化させたのであった。
「この実験結果をさらに発展させれば、臨床的な不安感が集中力の低下を招き、気晴らし能力を低下させることを説明するのに将来、役立つであろう。」;ビショップ
さらに彼女の新しい研究は、不安時における集中力低下防止への新戦略(前頭前野に対する集中力向上トレーニング、薬物療法等)への道を切り開くであろう。
カリフォルニア大学バークレー校により提供された。
本ブログのコメント;
ぼくは、これまでに人生の修羅場(仕事のトラブル、人間関係トラブル、失業、再就職等)を何回か通り抜けてきたが、人生上には、それ以上、考えてもしかたない事がある。他力本願で自分では、どうにもならないことが気にかかることがある。仕事・学業等が多忙であれば、自動的に、余計な事を考えなくなるが、厄介なのは時間をもてあましている場合であろう。このような時に、ぼくは囲碁、将棋、数独パズル等を有効に活用してきたと思っている。おそらく自由時間の過し方だけで、未来の運命さえも左右されてしまうのではないかというぐらい重要な意味を持っているのではないかと思う。囲碁、将棋、数独パズル等は心の苦痛を和らげる精神安定剤のような効果があったと思う。もし、ぼくが、「脳トレ」を活用することを知らずに、もっと安易な娯楽、努力を必要としない娯楽(ゴロ寝TVなど)で時間を潰す習慣を持っていたら、修羅場において正気さと冷静さを保つのは難しかったと思う。もちろんこれは「脳トレ」の利用方法の一例にすぎない。他にも脳の潤滑油(チューンアップ用)のような使い方もあるだろう。
何を使って「脳トレ」を、やるかは自由である。一口に脳トレといっても、種類が多く、ピンからキリまであり、歴史の古いものから新しいものまである。
だから「脳トレ」を一まとめにして、能力アップに役立つかどうかを丸バツ式に、簡単な結論を出してしまうのはナンセンスである。したがって、その能力アップの効果については、それぞれの「脳トレ」について個別に慎重な研究をする必要がある。しかし不安の解消という目的であれば、できるだけ、頭を悩ませるものであれば何でもOKということになるのだろう。そのやり方は、
1、 パズル雑誌、本を使う
2、 人間とゲーム対局をする
3、 パソコン・ゲーム機を使う
4、 偏らないように、また飽きないように、いろいろな種類のものをやるという方法もある。
5、 上の記事によれば、難度が高いものの方が良いらしい。しかし、難しすぎると挫折しやすいので、その辺は自分のレベルに見合うように調整することが肝要である。
ぼくの場合は、状況に応じて上の全てを使い分けている。
最近、ボクの知人のEさんが、たまたまベストセラー本『考えない練習』小池龍之介著を購入した。ぼくは、このタイトルを最初、見た時、「だまされやすい頭を作る方法」または「考える努力なしで、うまくやる方法」ということを連想してしまい、ヘンな本がベストセラーになるものだと思っていた。ところがEさんに聞いてみると、どうも違うらしい。
このタイトルの意味は「不安な事、悩み事を考えない」ということらしい。Eさんに本の解説をお願いしたところ、本の内容が難しくて、よくわからないという返事が返ってきた。そこで「難しく考えずに」もっと簡単に不安、イライラ、心配事などを解消する方法はないものかと思っていたのであるが、ちょうど、この記事が、それに相応しい内容になっていて、タイミングの良さに驚いている。
「脳とは空っぽの容器のようなものである。脳は、いつも何かで満たされることを望んでいる。問題は、その中に何を満たすかである。不安、イライラ、心配事などの有害なもので満たしてしまうのは、本当に愚かなことなのである。」;Kob Hiro
この記事は、physorg殿の許可を得て訳出しました。なお、翻訳については、当サイト運営協力者である M・K・さんにお願いしました。
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この記事は、physorg殿の許可を得て訳出しました。なお、翻訳については、当サイト運営協力者である M・K・さんにお願いしました。
原文
遊び道具が津波に流されてしまった被災地の子供たち。
- 2011.05.06 Friday
- ハピネス・レベルを上げるには?
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- by kobayashi-gd5
先日、テレビを見ていたら、被災地の若い女性がインタビューに答えて
「自分の好きな歌手のCD、DVDが、みんな津波に流されてしまい、何も残っていないから本当に寂しい。」
といっていた。確かに、あの津波では、CD、DVDに加えて、子供のゲーム機もゲームソフトも、みんな流されてしまい、遊び道具は、ほとんど何も残っていないかもしれない。通常であれば退屈を忘れさせてくれるような一人遊びの道具はなくなってしまったかもしれない。
しかし、だからといって被災した子供とか、若者は、かわいそうで、不幸なのだ。と単純に言い切っていいものだろうか?
もちろん話は、それほど単純ではない。逆に、では、CD、DVD、ゲームソフトが豊富に所有していれば、幸福で恵まれているのか? また将来、立派な一人前の大人に育つのか? これらの質問に対して、即座に自信を持ってイエスと答えられるヒトは、まさかいないであろう。家族などにご不幸があった場合などを別にすれば、単に自分が愛着をもっていたモノを失ってしまった場合には、本当に不幸といえるのだろうか?
「禍ワザワイを転じて福となす。」というコトワザもあることだし、こういう時こそ、被災した方々は「ポジティブ シンキング」を最大限に活用すべきであろう。
CD、DVD、ゲーム機が、まだ世に存在しなかった頃、子供たちは、充分に幸福だったことを思い出すべきであろう。おそらく、それはCD、DVD、ゲーム機が与えてくれる幸福感とは別の次元のものだったに違いない。つまり、これらが存在しなれば、後に残るのは、ナマの人間しかいないわけで、身近にいる人間を相手にして楽しみを発見することしか残されていないわけである。
避難所にいる人々、または、よそのお宅に、世話になっている人々においては、とりあえず、まずは、CD、DVD、ゲーム機のことなどキッパリと忘れることが肝要であろう。それから、その後で、普通は、まあスポーツ振興のようなものが推奨されるであろう。また家族、友人との会話時間が増えるなど、いろいろ生活上の変化が、あるだろう。また、室内用のゲームに関しては、ゲーム機の代わりに人間相手の囲碁・将棋のような古典的ゲームを復活させる最大のチャンスが、いずれ訪れる可能性もある。また、このようなことは、自粛ムードに縛られている一般のヒトにもあてはまるであろう。
ボク自身は、別に日本棋院、将棋連盟の広報担当をやっているわけではない。しかし、現代の日本には、「脳」を悪くする有害物質や汚染物質が、まるで放射性物質を大量に含んだ空気のように広く蔓延しているように見える。そんな中で、囲碁・将棋は、少なくとも「脳を悪くすることのない」稀少価値のある競技であるとされてきた。
ところで現代人は、何事においても見返りを期待することが多い。商品を購入すれば、その価格に見合うサービス内容が当然求められるし、薬では効能が重視され、出版ではハウツーものが人気がある。つまり自分の支払った代価がいつも即座に得られることが期待されているわけである。しかし囲碁・将棋に関していえば、残念なことに、「脳」に対して、どのような効能があるかは、現在、日本では不明とされている。試しに、日本棋院、将棋連盟のホームページを閲覧したところ、脳に対する効能書きのようなものは一切、見あたらなかったのである。
ところが、さらにネット上で調査を続けると、チェス(西洋将棋)については、分厚い詳細な効能書きを発見することができたのである。(チェスは日本の将棋に、似ているゲームである。)参考までに、要点を翻訳してみよう。
以下は「THE BENEFITS OF CHESS」Patrick S. McDonald(カナダ チェス連合、兼オンタリオ チェス協会 青少年コーディネーター)より、ごく1部分を抜粋。
・ チェスは記憶力を向上させる。
チェス理論は複雑で、多くの序盤定跡を記憶する必要がある。また種々のパターンと長い変化手順を学習する。
・ チェスは集中力を高める。
ゲーム中においては、たったひとつのゴール(チェックメイトと勝利者になること。)に集中している。
・ チェスは独立・独行の精神を養う。(他人に依存しなくなる。)
ゲーム中、自分自身の判断によってのみ、重大な決断を下すことを強いられる。
・ チェスはモチベーション向上に役立つ
チェスにおいては無限の可能性の中から最善手、最善の計画、最も美しい一連の手順を探し出さなければならない。チェスは進歩への飽くなき追求心、勝利の輝きに対する情熱を助長する。
・ チェスと心理学
チェスは、勇気、気力、冷静沈着、意志力、集中力などを検査するための認定試験のようなものである。チェスは周囲の人々と、うまくやっていくための能力を向上させる。チェスは競争社会におけるスポーツマンシップを検査するための試験でもある。
・ 5つの学校から、それぞれ2学級が選択され(計10学級)その中の各1学級(計5学級、112名)に対して、チェス教育とチェス推論が課された。チェス学級の生徒は年度末試験の読解力テストにおいて著しい高得点を獲得した。
チェス学級の生徒がチェスの勉強をしている間、対照群(5学級、127名)の学級は基礎教育の補習を受けていた。対照群の学級の先生は、チェス休憩を、いつでも好きなときに実施することができたが、通常は、読み、数学、社会科の授業がなされた。対照群の学級は、したがって、チェス学級よりも多くの読解の授業を受けている。にもかかわらず、チェス学級は、期末試験の読解テストで高得点をあげたのである。チェス学級の進歩は目覚しいものがある。
・ 学生は、どのように言っているのか?
「チェスは論理的、数学的スキルを著しく高めるのに役立った。チェスのおかげで、大学で数学とコンピュターサイエンスにおいて上位の成績になりつつある。」;MATTHEW PUCKETT
「チェスのもたらすスキルは金の鉱山のようなものだ。チェスは人生に対するアプローチ方法を教えてくれる。チェスは問題の答えは一つ以上あるという両刀論法を持つことを教えてくれる。競技相手が、ある視点から局面を見ている間に、もし、あなたが強いチェスプレイヤーであれば一歩下がって、局面を多くの視点から見ることができるのである。」:SULTAN YUSUFZAI
当ブログのコメント;
これは、恐ろしく、ど派手なキャッチコピー(勧誘文句)だと思う。
あの「脳トレ」ブームで一山当てた任天堂ばかりか、日本の教育界の偉い先生方も、顔が真っ青になって、アングリと口を空けたままで塞がらなくなってしまいそうである。
もちろん、ボクは日本では愛好者が少ないチェスを、普及させようなどと言っているわけではない。ここで言いたいことは、チェスに、もし、このような効果があるとすれば、囲碁・将棋にも当然、同じような効果が期待できるかもしれないということなのである。それに加えて、日本棋院、将棋連盟のホームページは地味で、おとなしすぎるのではないのかと言いたいのである。
日本には、虚偽・誇大広告の禁止法というのがあって、「健康食品」に対する効果が、実証されてないにもかかわらず、効果を期待させるような広告を出すと厚生労働省から勧告・命令され、この命令に従わない場合には 100万円以下の罰金になるらしい。
おそらく日本棋院、将棋連盟は、そのことを恐れているのかもしれない。
まあ、しかし、日本棋院、将棋連盟も、あまり臆病になっていては、いつまでたっても進歩がない。この辺で、なにか大胆な顧客獲得PR作戦を展開しないと、今後も相変わらず「大事のお客さん」を任天堂などのゲーム会社に持って行かれてしまい、「負け続けて」しまうのではないでしょうかね?
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ハッピーになるまでの長い道のり。
マウスの世界では女よりも男の方が強かった?(最新実験)
- 2011.04.19 Tuesday
- 現代人の精神疾患について
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- by kobayashi-gd5
女は男より強いのではないのか?
妻帯者の男性の方、そして女子社員を部下に持つ上司の方、そう感じているヒトは多いのではないだろうか。
本ブログにおいても、「草食男子」の話、「男のほうが女よりニート化しやすい」話、「先進国においては男女平等になりつつある」話などが紹介され、男性にたいする女性の優位性が、しばしば取上げられてきた。
高等生物である人間の場合には、男女の力関係が接近しつつある、または逆転しつつあるかもしれないが、さほど高等ではないマウスの場合はどうなのか?
また若者が就職に失敗すると強い敗北感から戦意喪失して、ひきこもりになってしまうヒトがいるが、今回、マウスに、これと同じような体験をさせる実験が発表された。マウスは、いったい、どうなってしまうのだろうか? そしてオス・メスの違いは?
原題 反社会的マウスがうつ病の解明に役立つかもしれない。
PHYSORG 3/1/2011 より翻訳
研究ではカリフォルニア・マウスが、強く積極的なマウスに連続的に遭遇した後に、ひきこもりの兆候を見せたことを文書化したものである。
クレジット;マーク チャペル・カリフォルニア大学・リバーサイド・フォト
physorg.com
アリフォルニア大学デービス校の心理学研究者は、雌のマウスの社会的ひきこもり症候群を始めて生成することができた。この成果は人間の気分障害(うつ病、不安、これらは男よりも女のほうが2倍多い。)の身体的基礎にたいして新しい洞察をもたらす可能性がある。
「ひきこもりは気分障害の共通の特徴である。」
;ブライアン・トレーナー、アリフォルニア大学デービス校の心理学助教授
トレーナーと彼の同僚たちはカリフォルニア・マウス(Peromyscus,californicus)が、強く積極的なマウスに連続的に遭遇した後に、ひきこもりの兆候を見せることを発見した。
チームがこれらマウスの脳を調べたところ、動機付けと報酬に関連したそ側坐核と呼ばれているエリアが変化していることが判明した。
この変化は、なぜマウスが社会的ひきこもりになったかの説明、また人間のうつ病に関する新たな道につながる研究に役立つかもしれない。;トレーナー,科学ジャーナル、パブリックライブラリー、(plus)ONE,2月25日に公開。
動物モデルは気分障害の生理学的基礎を理解するのに必要である。;トレーナー
動物の場合には、うつ病であると診断することはできないけれども、人間のうつ病に相当する兆候を観察することができる。
ヒトでは、ストレスの多い生活体験がストレスを引起す可能性がある。マウスで、これを再現するには、これまで他の研究者は“社会的敗北モデル”を使っている。一匹のマウスを、もう一匹の強く攻撃的なマウスとペアを組ませる。強いマウスを1列に並べて、順番に何回か遭遇させると、弱いマウスはひきこもりになる。
しかし、この方法は欠陥がある。人家に住み付いたメスのマウスでは、うまくいかない。この種のメスは、オスよりも攻撃性が少ない。人間の場合には女性はうつ病になりやすいが、マウスでは男女差は、どうなるのか心理学者と神経科学者は知りたいと思っていた。;トレーナー
トレーナーと彼の同僚は、実験室で飼育したメスのカリフォルニアマウス(野性に近い)を使った。野性においては、オス、メス両方のカリフォルニアマウスが、自分のテリトリーに侵入した他のオスまたはメス マウスと戦闘する。;トレーナー
彼らの発見によれば、たった3回の敗北の後で、メス(オスではない!!)は、最大4週間のひきこもりになる。
カリフォルニア大学デービス校による
当ブログのコメント;
人家に住み着いたマウスが、快適で居心地が良すぎて闘争心を失ってしまうという事実は、現代日本人(特に若者)にも通じるものがある。あまりにも恵まれすぎて便利すぎても、ひ弱になってしまうのだろう。
ひきこもりと「うつ病」との関係について、どう考えればよいのだろうか。おそらくひきこもりという病気は非常に広範囲な「こころ」の病気を含んでいるのではないかと思う。したがって、うつ病はひきこもりの中に含まれているのではないのか。ひきこもりとは、うつ病以外には、たとえば、無気力、無関心、意欲喪失、シャイ気質、等が含まれているのではないのか。
上の記事によれば、負け続けると脳の報酬系が、うまく働かなくなってしまうということらしいが、現代日本人特に若者は、報酬系が脆弱になっていて壊れやすくなっていると思われる。
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原発事故に「救世主」は存在するのか?
職場ストレス対策2(ストレス善玉説)
米国版「草食男子」急増中
強いフリして本当は弱い男ごころ
原文
http://www.physorg.com/news/2011-03-anti-social-mice-reveal-depression.html
この記事は、PHYSORG殿の許可を得て訳出しました。なお、翻訳については、当サイト運営協力者である M・K・さんにお願いしました。
原発の内部は、まるでお化け屋敷なのか!!
- 2011.04.03 Sunday
- その他
- 08:50
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- by kobayashi-gd5
ボクは、怖がりである。子供の頃、両親と3人で遊園地の、お化け屋敷に入ろうとして入場券を3枚購入した。ところが、いざ入ろうと3人でお化け屋敷の手前10メートルの所まで来たところ、急にボクの脚がガタガタと勝手に震え出した。自分では、止めようとしているのに止まらない。ついに、その場に立つことが出来なくなり、ヘナヘナと座り込んでしまった。両親は、ボクの両手を引っ張って引きずって連れて行こうとしたが。ボクが大声で泣き叫んだので、周りにいた人々から一斉に注目されてしまった。両親は、恥かしさのあまり、ボクを連れていくのをあきらめて2人だけで入ってしまったのであった。
原発は怖い怖いと、みんなが言っているから、おそらく、お化け屋敷よりも、もっともっと怖いところなのだろう。とてもボクには入れそうもない。
最近、友達との会話は原発の話ばかりである。原発は怖いのは、もちろんだけど不思議な建物である。新聞テレビの解説の中でも、よくわからないことが多い。そこで本ブログにおいては、独自調査により「よくある質問」に回答する形式で原発に関する疑問と回答をまとめたので参考にされたい。
Q、原発建物の上部には、なぜいつも白い蒸気があるのか?これじゃ、まるで温泉ホテルじゃないか!!
Q、放射能は、どうして広い範囲に飛散してしまうのか?
A、実は、何を隠そう、この白い蒸気こそが放射能に汚染された、恐ろしい蒸気なのです。正常な場合、つまり地震、津波以前の状態では、格納容器及び圧力容器は密閉されていて、蒸気は出ないようになっている。しかし現在では、内部のポンプ、冷却機能等が完全停止しているため、蒸気を水に戻すことが、うまく出来なくなっている。このため水に戻らなかった大量の蒸気が内部に溜まりやすくなっている。そして蒸気が溜まり過ぎると内部圧力が上がり過ぎるため、容器の破損を避けるために間歇的にベント操作(換気)を行い内部の蒸気を放出し圧力を下げている。
したがって、今後、もし冷却機能が復旧し、蒸気を水に戻すことができるようになれば、ベント作業が不要になるので危険な蒸気は出なくなると思われる。広い範囲への飛散もなくなるであろう。
また、現在検討中の巨大テント計画は、この蒸気をテントの内部に封じこめようということなのである。これが実現すれば、周辺地域の住民は、かなり安心と思われる。しかしテントの天井において蒸気が水滴に変わればテント内部には、ドクロマークのついた「死の雨」がポツンポツンと降るし、いつも濃厚な汚染蒸気を鼻から吸うことになってしまう。原発作業員の安全についてはどうするのでしょうかねぇ?
Q、原発の地下には、なぜ大量の汚染水がたまってしまうのか?
A、お化け屋敷の地下には死体があって、うっかりすると踏んでしまうことがある。
しかし汚染水は死体よりも怖いかもしれない。
3月24 日、3号機タービン建屋1階および地下において、ケーブル施設作業を行っていた東電協力企業作業員3名について、約170mSv 以上の線量を確認。そのうちの2名について、両足の皮膚に汚染を確認し、除染を行ったものの、ベータ線熱傷の可能性があると判断したことから、福島県立医科大学付属病院へ搬送された。
また、地下作業用トンネル(トレンチ)にも1万3000トンの汚染水が溜まっているという。これらの水は、いったいどこから来たものなのか?
この汚染水は、原子炉圧力容器内の水が漏れ流れ込んだものとされている。実は恐ろしいことに、原発が改善されず今の状態が続けば、汚染水は、さらに永久的に無限に増え続けてしまうのである。この理由は、緊急・冷却のため外部から容器内に注入された海水または真水は一部は蒸気となって大気中に放出されるが残りは全て、このように漏れ出してしまうのである。これは現在、水を炉内で循環させる仕組みが、すべて停止しているためである。もちろん注水を止めれば炉心は過熱して、さらに危険な状態になってしまう。
原発が正常に稼動している場合には、汚染水は、ほとんど出ない。また、外部から新しい水を注入することもほとんどない。その理由は、炉内で水蒸気を冷やして水に戻して循環させているためである。このため循環機能、冷却機能の回復が急務となっている。また、大量の汚染水の処分が現時点での最大の課題とされている。
*この汚染水は、すでに海に流れ出し、付近の海水の放射性ヨウ素が異常に高いことは、すでに報道された通りである。放射性ヨウ素は揮発性のため、広範囲に飛散し、食品類に甚大な被害をもたらす可能性があるため、最近では、大量の樹脂を海岸付近に散布し、飛散を防止する試みがなされている。
Q、なぜ漏れてしまうのか? 穴があいているのか?
枝野官房長官は、これまで「格納容器は健全である。」と言い続けてきたが、ここにきて原子力保安院、東電側から記者会見の席上で、「密閉機能は失われている。」ということが語られた。現時点では、どこから漏れているかは不明であるが、以下の2点が疑わしいとされている。
1、 圧力容器の下部は卵のように「のっぺらぼう」になっているわけではない。制御棒駆動系、が設けられていて、構造的に弱点を持っている。急場をしのぐために圧力弁の開閉を繰返したため制御棒差込部に漏れが生じたのか?
2、 容器の周囲には多数の配管、バルブがあり、これらは多くの部品を溶接等によって接続して構成されている。しかもタービン建屋と本体は2棟から構成されることから、長い距離をカバーしている。地震の振動でポッキリいった可能性もある。
Q、まだ天井が吹き飛んでいない建屋があるが、いずれ吹き飛ぶのか ?
A,これについては、東電のホームページによれば、
「5、6号機の原子炉建屋屋根部に、水素ガスの滞留防止のための穴(3箇所)を開けました。」とあるので問題ないと思われる。
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原発事故に救世主は存在するのか?
原発事故に「救世主」は存在するのか?(原発とブログ作成の共通性についての考察)
- 2011.03.23 Wednesday
- 現代人の精神疾患について
- 09:02
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- by kobayashi-gd5
ここ数日間において、消防庁のハイパーレスキュー隊が福島原発3号機の使用済み燃料格納プールの注水に成功した件を頻繁に取り上げられているのを目にするようになった。しかも、多くのTV局は、ハイパーレスキュー隊を、まるで「日本の救世主」に仕立てあげようとしているかのような印象をさえあった。
ボクは、TV局のこうした姿勢に疑問と違和感を覚えたのである。おそらく、ボク以外の他の多くのヒトも、何かスッキリしない、もどかしさ、イラ立ちのようなものを感じたに違いないと思う。いったいなぜ、そう感じてしまうのか?
福島原発は、いわば、いくつもの難病を患った重病人のようなものである。たとえば糖尿病、心臓病、高血圧、動脈硬化などを同時に患い、さらにその上、交通事故に遭い手足に怪我をしているようなものである。一歩間違えれば即、死に直結するほど、それぞれの病状が深刻な状況にある。その病人に対して応急処置を施して数日分の発熱を抑えたくらいのことでは、普通は誰も喜ばないし、ほめてはくれないものである。100%完治(事態の収拾)に至るまでには、これから長い年月と、専門分野に精通した多数の名医と優秀で献身的な看護婦によるケアが必要なのは誰の目にも明らかだからである。
ボクは、何もハイパーレスキュー隊の活躍に水をさしたり、ケチをつけるつもりはない。たしかに彼らの仕事は部分的に見れば大成功ともいえるし、困難で危険な任務を見事にやり遂げたことは賞賛されるべきなのであろう。だが、しかし原発という近代科学の粋を集めた、あまりも巨大かつ高度・複雑なシステムの前では、「部分的な成功」を無邪気にはしゃいで大喜びして「日本の救世主」に仕立てあげようとするのは、少し子供っぽいのではないかと思う。だいたい、縁の下の力持ちのように、原発の内部で長期にわたり危険な作業に従事している数100名の方々、その他の目立たないけれども危険な作業に従事している自衛隊員の方々に大変、失礼だと思う。もちろん原発周辺に住む視聴者もまた、ボクと同じように、単に「3号機の注水」が成功しただけでは、多少の安堵感はあったとしても、別に大してうれしくも、なかったと思うのだが・・・。
したがって、今回の「原発事故の収拾」のような大きなプロジェクトの場合には、「単発的な成功」を絶賛してしまうと、おかしなことになってしまう。おそらく、全トラブルの完全収拾の後に、各分野から数名ずつピックアップして、功績を称えた方がベターであろう。(もし称えるとすれば。)一部門だけがスポットを浴びるのは、大変、不自然なことと思われるのである。
今回の記事においては、原発問題をさらに拡張してみたい。ハイパーレスキュー隊の「成功」は周辺住民の充分な安心とストレス解消には結びつかなかったように、現代においては、通常は単なる「部分的な成功」では、周囲の人々から「成功」と認めてはもらえないものであるということ。また、そのために「現代日本では成功体験が得られにくくなっているのではないのか?」―――ということを論証したいと思う。
ご存知のように、福島原発においては、1〜4号機が、それぞれが複数の別のトラブルを抱えている。したがって、あたりまえの話であるが、4台中、1台でも、また1箇所でも問題が解決しない箇所が残っていれば原発事故の後処理が完了したことにはならない。したがって周辺住民を安心させることはできないのである。このように、原発事故の後処理に関しては、かなり広い範囲において完璧性が求められているといえる。
また専門家によれば。原発において「止める」「冷やす」「閉じ込める」という3要素を完璧に実現するためには、水処理系、電気系、機械系、格納容器、などがシステム的・総合的に、機能しなければダメだという。つまり、どれかひとつの要素に欠陥があり欠落すれば 99% OKでも残り 1%のために完了しないことも当然、起こり得るわけである。このような意味で今後、本当の「成功」を勝ち取るのは大変な困難が予想される。こういうのをオール・オワ・ナッシングというのだろうか。
そこで「現代における成功体験と報酬体験」について考察するために、もうひとつの例をあげてみよう。
「1日のアクセス数、1万アクセス以上の料理ブログを作るためには?」
どんな要素が必要なのか?を考えてみよう。
おそらく原発事故の収拾と同じくらいか、それ以上に多くの要素が必要と思われる。
1日、1万アクセス、毎月30万アクセス、年間360万アクセスである。
もちろん、こんなブログは簡単にはつくれない。でも、もし、作るとしたら何が必要になるのだろうか?
1、 今までにない、斬新な料理アイディアを豊富に持っている。
2、 実際に、調理する技能
3、 料理を、美しく美味しそうに撮る写真技術
4、 ヒトを引き付ける、話術、文章力。
5、 ブログ画面のデザイナーとして能力
6、 閲覧者のニーズを敏感にキャッチして、素早く反映するマーケッティング能力
7、 ブログ画面を編集、構成、作成するためのパソコン・ネット実務技能
8、 アクセスアップテクニック、ブログ管理技術等のネット技術
9、 その他、いろいろ
かなり広い範囲の全てに、おいて超Aクラスの才能が求められるわけである。しかも、それは、実務者であると同時にディレクター、指揮者、総合監督のような相反する多彩な才能も求められ、1人では難しいようにも思われる。
このような仕事は、パソコンが、この世に出現する以前においては、料理の専門雑誌、書籍等が主流だった。そして、その当時においては、料理、写真、編集等の、それぞれの専門家が集って、グループで遂行するプロジェクトだったものが、パソコンによって、たった一人でも可能になったわけである。
これを単純に、「素晴らしい時代がやって来た」と喜んで良いのだろうか?
例えば、上の1日1万アクセス料理ブログに1,000人のヒトが挑戦したとしても、実際に、1日1万アクセス以上のブログ作成に成功するヒトは、一人も出ない可能性が高いのである。いや、それどころか、Aさんは料理の腕はプロ並みだったが、パソコンは全然ダメ、必死にパソコンの勉強したが、あまりにも面倒なので挫折してしまった。Bさんは、パソコンが得意だったし、料理の腕も、まあまあだったが、アイディアに乏しく、ヒト真似しか出来なかったため、ブログ人気はイマイチだった。Cさんは、料理、アイディアもそこそこだったが、写真が下手で、せっかく作った料理がまずそうに見えたため、やはりブログ人気はイマイチだった。そういうわけで、Bさん、Cさんも短期間で挫折してしまった。
結局、このようなミッションにおいて、成功を勝ち取るには、ある程度のオール・ラウンド・プレイヤーで、なければならない。しかし、そうはいっても、人間は簡単にスーパーマンには成れないし、すべての分野に精通するのは不可能に近いのである。たとえば、近年の仕事において、あるヒトがパソコンのひとつの操作を知らなかっただけで、つまずいたり、ひっかかったりして失敗してしまうということが、しばしば起きてしまう。つまり99%パーフェクトであっても1%がダメであれば、成功は勝ち取れないという社会に成りつつあると言える。
もちろん、普通のヒトが趣味でブログをやる限りにおいては、アクセス数は、さほど気にする必要はないし、楽しければ良いわけで、ボクなども、読んでくれるヒトがいるだけありがたいと思うし、シアワセだと思っている。自分のブログをもっているヒトは自信を持ってもいいと思う。自分のブログを持ってないヒトも多いし、それどころかケータイからパソコンに移行できないヒトも大勢いるし、そのことが格差の原因になっているとまで言うヒトもいるくらいなのである。もちろん、テレビ・DVDの世界から一歩も抜け出せないヒトも大勢いる。だから趣味のブログはアクセス数など関係ない。ブログ記事の投稿が出来るだけでも大成功なのである。
しかし、仕事となると、話は違う。多くのヒトは平均以上の収入と快適な職業ライフを希望していると思うが、仕事の世界においてもやはり二極化が著しくなっていて、中間レベルというものが無くなりつつある。つまり求職者が並み以上の職を求めれば、雇用者側からは、いきなりムチャクチャに高度なものを求められてしまうか可能性が高くなっているのである。1日1万アクセス以上などという無謀な目標を立てるヒトは、まさかいないとは思うが。実際には仕事では、ブログに限らず別のことで、これに、かなりこれと似たようなムチャクチャな目標を会社や上司から課せられて、顔が真っ青になっているヒトも多いのではないかと思う。会社では、新人に対しても、かなり高度な仕事を、要求するし、ベテランの場合でも、同僚に差をつけたいヒト、抜きん出ようとするヒトには、やはりかなり高度な仕事を、要求されてしまうケースが増えているのである。
ひと昔前までは「一芸に秀でる」という言葉があって、一芸に秀でていれば、なんとか一人前に見てもらえたという時代があったのである。いまでは、この言葉は、プロ野球、スポーツ、将棋、囲碁等の、ほんのわずかな人数の超一流プレイヤーにしか通用しない。現代では何でもOKのオール・ラウンド・プレイヤーでなければ一人前に見てもらえないし、飯が食えない時代になりつつある。社会とか文明が複雑化し高度化すればするほど、このような傾向が出てくるのは当然であろう。この複雑化は、取り扱う機器の操作が複雑化したために生じるテクノ・ストレスの上に、さらに人間関係のストレスがダブルで重なったものと見ることができる。これに伴って一層、高度で複雑化したストレスが発生していると見ることができる。
現在の状況を、マージャンを使って説明してみよう。マージャンというゲームは、ご存知のように、役(牌の組み合わせ)を完成させれば上がり=成功というもので、ちょうど上の1万アクセスブログ作成に必要な条件を全て揃えるのと同じと考えることができる。有名な大三元という役では、白,發、中という牌を各3枚づつ集めるわけであるが、もちろん1枚でも不足すれば、役を完成させることができず上がれないわけである。このことは、1万アクセスブログ作成に必要な条件がひとつでも不足すれば成功しないのと同じである。役の中には、大三元よりも簡単に早くできる役もあり、たとえば白,發、中の中の1種類だけを3枚集めればOKというのもあり、これを早上がり、安上がり、または超特急などと呼んでいる。これでも、まあ点数は低いけれども上がりには違いなく、成功したと言えなくもない。
ところで、今、マージャンのルールを変更したとする。このような点数が低い役、早上がり、安上がりを全部、禁止したらどうなるのかということである。上がれるのは、大三元などの役満のみだったらどうなるだろうか?
役が未完成のまま、終わってしまうヒトが続出してしまう。あと一歩なのに残念でしたと、涙を呑むヒトばかりになってしまう。現代の状況とは、まさにこのような安上がりの役を認めない時代と考えられるわけである。こうして我慢と忍耐を重ね、死ぬような努力しているのにもかかわらず、スカッとした成功感、達成感、満足感の得られないストレス一杯のヒトが大量に出て来てしまうわけである。
やはり大きかった女性側への負担
- 2010.11.30 Tuesday
- 結婚・離婚について
- 10:41
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- by kobayashi-gd5
日本においては、共稼ぎ夫婦では夫の6人に1人はまったく家事をしない。専業主婦では3人に1人の夫がまったく家事を分担していない。(国立社会保障・人口問題研究所2010年度調査)
子供がいない場合は、まあ妻も、何とか我慢して、やっていけるかもしれないが、問題は出産後であろう。子育ての手間を考えると普通は第1子出産を機に仕事を辞める。(上記調査では7割が退社)しかし、残りの3割の仕事を辞めない場合は、いったいどうなってしまうのだろうか。
今回の記事は、このような共稼ぎと子育てを両立させたい夫婦(共稼ぎ夫婦の中の3割)における、妻の側の精神衛生に焦点を当てたものである。
今後、もし、こういう状況が予想される女性の方々、また現在まさに、この状況下にある女性の方々は、この記事を熟読して、夫と一緒に今後の生活プランを立てることを、お勧めする。この記事は、夫との家事の役割分担の交渉時には必ず役立つであろうと思われる。もし、育児と仕事を両立させることに関する充分な生活プランなしで出産すれば、最悪の場合、夫婦間トラブル、家庭内トラブル、妻が重病を患うなどの大変、不幸な事態に成りかねないことを教えてくれる記事である。
原題 女性の場合には、夫婦不和は仕事のストレスへの救済にはならない
physorg /jun/1/2008より翻訳
これは、UCLA(カリフォルニア大学)のコルチゾールレベルの追跡に関する最新の研究結果からの提案である。
コルチゾールとは、重要なストレスホルモンであって、両親が子育てをしながら、フルタイムで働いている 30組の既婚カップルを対象に行われた調査によるものである。
(コルチゾール;ストレスレベルを示す。濃度が高いほどストレスが高い。)
「少なくとも、女性に関しては、幸福な結婚をした場合には、仕事が終わった後で、ストレスからの生理的回復は強化されているように見える。」「オフィスにおける過酷な日々の後で、コルチゾールレベルの低下は、幸福な結婚をした女性の場合は、不幸な結婚をした女性よりも顕著であった。あまり幸福でない結婚をした女性では、日々のコルチゾール分泌は、平坦な特性を示している。これは、彼女らが毎日のストレスから充分に回復をしていないことを示している。」;Darby E. Saxbe この研究に関する主執筆者、UCLA 臨床心理学、大学院生、
長時間にわたって上昇し続けているコルチゾールレベルは、これまで病気の原因になってきた。たとえば、うつ病、燃え尽き、慢性疲労症候群、人間関係のトラブル、社会への不適応、それから、おそらくガンさえも。
「これは、女性の日々のコルチゾールパターンが、結婚に対する満足度と直結していることを示す最初の研究である。」;Rema Reppeti,共著者、UCLA 心理学科教授
この研究は、カリフォルニア大学ロサンゼルス校スローンセンターが実施した「家族の日常生活」に関する大規模な研究(CELF)の1部である。健康心理学(アメリカ心理学会が発行するピアレビュー誌)の1月号に掲載。
Adrienne Nishina はカリフォルニア大学デービス校で、人間開発学の助教授、3番目の著者である。
CELFの調査者は、60人の中産階級の両親に対して、結婚満足度に関する標準テストの質問を行った。調査は3日間に渡って実施されたが、1日に2回アンケートに答えた。そのアンケートは、仕事中において、仕事はどんな具合だったか、どれくらい忙しかったかというものであった。1日に4回、早朝、昼前、午後、夕方、に UCLAチームは唾液を採取し、コルチゾール濃度を分析した。
ストレスによって副腎で分泌されるコルチゾールは、人体のストレス反応とストレスからの回復に関する信頼できる指標として広く知られている。コルチゾールは早朝、ハイレベルで始まり、時間の経過と共に着実に低下する。その後、ストレス要因によって、断続的に上昇する。このホルモンの1日の低下は、幸福感と関連している。急峻な低下は、より健康であることを示している。あまり低下しない場合には将来の健康の悪化を予兆している。
「コルチゾールとは、一つの経路であって、この経路を通じて、日々のストレスが、長期的な精神・身体的健康に変換されるのである。」;Rema Reppeti,
結局、幸福な結婚を楽しんでいる女性では、コルチゾールレベルが強く低下するが、この反対に、あまり祝福されないカップルでは、そうはならない。(UCLAティームによる。)
男性の場合には、結婚生活が、いかなる状況であれ、多忙な日が終わればコルチゾールレベルの顕著な低下が見られる。しかし女性では幸福な結婚を楽しんでいる場合だけ、この恩沢を受けることできる。不幸な結婚をした女性では、多忙な日の終わりにコルチゾールレベルの顕著な低下が見られないのである。
結婚生活の満足度が、身体のストレス反応に、どう影響するのかを正確に理解するには、さらなる調査が必要であると研究者はいう。しかし、一般的傾向として、つぎのようなことは信用できるとしている。つまり、ストレスの多い日の退社後、男性と幸福な結婚をした女性は、コルチゾールレベルが大きく下がるが、不幸な結婚をした女性は下がらないということである。
「妻は、多忙な日に帰宅すると、(夫がするように)ある時間、リラックスしながら妻に食事を催促し、夕食ができるのを待ちながら、子供の学校事務手続きをするということがない。その代わりに、すぐにストレスが一杯の日常の家事にもどらなければならない。」
「たぶん、幸福なカップルの結婚生活の家事は、もう少し男女平等に共有されているのだ。あるいは少なくとも、妻の仕事がきつい日においては、そうなのだろう。」;Rema Reppeti,
過去の研究でも結婚満足度を調べるのにコルチゾールレベルを使用したものがあったが、最初に実験室の外で男女関係を調査したのはCELFの研究であった。過去のほとんどの調査は、コルチゾール応答を喚起するために、参加者に人前でスピーチさせたり、電気ショックを与えるなどのストレス要因を用いた。一方CELFは、家族の実際の日常生活に入り込んで、追跡調査を実施したのであった。
「過去の研究では、男性は結婚で健康と長寿を獲得するように見える、女性は結婚生活が良好な場合だけ、利益があるとされた。」「この研究では、コルチゾールレベルをある経路として捉え、その経路を通じて男性ではなく女性の健康に対して結婚生活の品質が影響を与えることを指摘したのである。」;Rema Reppeti,
「慢性的に不幸な結婚では、多分、妻がストレスを感じる機会が毎日たくさんあるのだろう、その度ごとに妻のコルチゾールレベルは、ジェットコースターのように上昇下降することになる。」「人体システムは、さらに磨耗、消耗してしまう。これは常時、発信停止をしなければならない交通事情の中で自動車を運転するようなものである。アクセルペダルとブレーキを交互に踏まなければならない。長期的には、人体システムが劣化してしまう。加速・減速は、あまり急ぐべきではない。人体システムは、あまりに急ぐと、ついていけなくなってしまうのである。」;Rema Reppeti,
ソース;カリフォルニア大学、ロサンゼルス
本ブログのコメント;
ボクの周りでも仕事と家庭の両方で頑張り過ぎる人を、ときどき見かけることがある。そういう人は、たしかに人格的には立派な人であるには違いないが、頭が硬く柔軟性のない人という見方もできる。数日間だけとかいう短期間であれば、さほど問題ないが、常時、多忙すぎるのは問題であろう。このような場合、何でも、かんでも頑張れば良いというものでもない。頑張りすぎたために、かえって、大きな不幸を招くということも、あるのではないのか。慢性疲労とストレスによって冷静な判断ができなくなってしまい、大きなトラブルを招くということも、起こりうるのではないのか。
上の記事のような場合には、たとえばデリカ宅配サービスとかネットスーパーなどを、うまく利用して、当日のオカズとか食品、食材を届けてもらうなど、できるだけ食事の支度の手間を省くことなどを検討すべきであろう。ボクも、以前、多忙な時に利用したことがあるし、うちの近所でも、このサービスを利用している家庭は大変多いように見える。現在では、この種のサービスが豊富にあるのが、せめても救いであると思う。たしかに割高で、配達料がかかることもあり、品質も、必ずしも良いとは言えない場合もある。しかし、この際、ケチケチしてもしょうがないし、あまり文句は言わない方が良いと思う。将来の家庭内の悲劇を避けるためには、この程度の出費と、多少の犠牲はやむを得ないであろう。節約と消費という相反することを、状況に応じて、うまく切り替えることができるかどうかがカギである。
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ストレスが脳を劣化させる
原文
http://www.physorg.com/news118391221.html
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地デジ放送の有効利用についてのご提案
- 2010.11.19 Friday
- その他
- 08:18
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- by kobayashi-gd5
本ブログにおいては、テレビに関する記事は、すでにいくつか投稿されており、それらはすべて、ネガティブなものばかりであった。もちろん、ボク自身はテレビというものを、ニュース放送以外は、まったく視聴することはない。特にドラマとバラエティが大嫌いで、30分以上見ると、まるで乗りもの酔いのようにフラフラとめまいがし、ひどい場合には吐き気に襲われることさえある。正常な状態にもどるまで横になって休憩を取らなければならないことも度々あった。なぜこういう体質になったのかのは原因不明である。まあ、もっともテレビを見すぎてバカになったという話は、よく聞くけれど、この逆に、テレビを視聴して勉強ができるようになったとか、頭が良くなったなんてヒトには、お目にかかれないし、そんなヒトがいるという話も、いまだかつて聞いたことがない。だから、ぼくは自分がテレビ拒絶症候群にかかったことを大変ラッキーなことだと思っている。
アナログ放送の頃においても、ボクの1日の平均視聴時間は、合計30分以下であった。どちらかといえばパソコンとゲームの時間の方が長い傾向がある。本音を言えば、パソコンとゲーム・ソフトはテレビ視聴よりも、はるかにマシだと思っている。
そんなわけで、地デジに対しても、これまで、まったく何の期待はしてなかった。せいぜい、チャンネル数が少し増えて、映像がきれいになるぐらいだろうと思っていたのであった。
ところが、、つい最近、地デジチューナーのリモコンを操作して遊んでいたところ、新しい発見をしたので、ここに報告するものである。
それは「字幕の有効活用」である。
アナログ放送の時代から、すでに一部の番組では字幕付きのものもあったが、100%字幕ではなく文字数が少ない場合に限られていたように思う。しかし地デジ化によって、大量の文字データを独立させて転送することが可能になったため、字幕付き番組が増え、セリフの完全字幕化が実用化された。これにより地デジチューナー(または地デジ受信機)の初期設定により、字幕対応番組においては字幕が自動表示されることが可能である。
ボクのやった実験は消音ボタンを押し音量をゼロにして、字幕だけで、しばらくテレビを視聴してみたのだった。すると、いつもの不快感が現れず気分が爽快なので驚いてしまった。おそらくテレビの音声を聞いて視聴する場合に比べ、字幕を読むことが脳に負荷を与えるためであろう。はっきりとは分からないが負荷は20〜30%程度は上昇するのではないのかと思われる。これは画期的なことかもしれない。これまでテレビは聴くものであったのが、読むことができるようになったのである。つまり読書のようなものに一歩近づいたとも言えるのである。しかし、不満がないわけではない。普通の活字の本を読み馴れていると、単位時間あたりの字幕の情報量が少なすぎてイライラしてしまう。まるで大人が子供用の絵本またはコミックを読んでいるような感覚になってしまう。このことは、話し言葉による情報伝達が活字による伝達と比べて、はるかに非効率的であることを示している。また、もちろん番組内容が、単なる娯楽では自分のレベルアップには繋がらないという不満もある。
このような弱点があるにもかかわらず、字幕番組には利用価値はあると思う。おそらく、うまく使えば、現在、世界でもかなり優秀な部類に属している日本民族を、さらに全体的にレベルアップさせるということも決して夢ではないと思う。たとえば、テレビ視聴の習慣を断ち切れないヒト。テレビが好きな子供にも有効である。そこで、字幕番組活用のヒントを以下にまとめた。
1、 子供と一緒にテレビを見る場合、特に小学生以下の子供では、字幕番組のみを視聴し、音声は消す。子供から、クレームが出たら、その時こそ、子供の読書力アップのための最大のチャンスである。「文章速読の練習である。」という口実を突きつけ、「早くテレビの字幕が読めるように、もっと勉強しろ!」と強く叱る。これにより、他の子供よりも早く本が読めるようになり国語力はアップするであろう。
2、 テレビメーカーに対しては、音声ロック付きテレビ(パスワードにより解除)を早期に販売開始するよう希望する。
3、 字幕が画面中央に、かなり大きめの文字で表示され、映像の1部が隠れるが、これがまた良い効果を生み出している。2次元の虚構世界に過度の注意を集中することを防止している。これによりテレビ視聴の害毒を若干、減らせるのではないかと思われる。
4、 番組制作者の方々には、特に子供向け番組は、できるだけ字幕化したものを放映するよう、希望したい。
最後に、「なぜテレビの音声を聞く」よりも「字幕を読んだ方」が方が良いのかの根拠を示しておく。川島隆太(東北大学教授)の著書「朝刊10分の音読で能力が育つ」によれば、「脳は文字を読むことだけで、理解の度合いなどには、まったく関係なく活性化してしまうという性質を持っている」としている。詳細については、著書を参照されたい。もちろん日頃、本を読むのが面倒なヒトでも、字幕に馴れれば、読書に対する抵抗も無くなるだろうと思われ、読書人口は増えるし、子供・若者の読書離れの防止にもなるであろう。もし若いヒトで「字幕読むのが面倒」なんていうヒトがいたら、そのヒトの脳年齢は、おそらく80歳前後かもしれない。せいぜい若いうちに字幕でも読んで脳の劣化の防止に努めておいた方が良いとおもうよ。
注意;この記事は過度のテレビ依存症のための応急処置または妥協案であって、決してテレビ視聴を推奨するものでは、ありません。
なぜストレスに弱い体質になってしまうのか?
- 2010.11.10 Wednesday
- 現代人の精神疾患について
- 08:06
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- by kobayashi-gd5
現在の親子関係は、今から60年以上前に比べると、大きな変化があったように思われる。60年前においては親子の絆は比較的強く、少なくとも今よりは良好であった。しかし、その平和で幸福に満ちた親子の絆を引き裂くように、テレビが茶の間に上がりこんで、居候を始めた。しかし、この不意の闖入者に対して誰も疑いを持つヒトはいなかった。たしかにテレビ自体が家族を不快な気分にさせることはなかったし、テレビのおかげで家族の笑い声と笑顔が増えたように見えたので、テレビは、まるで家族の一員であるかのように、皆から親しまれ愛された。しかし、実際はテレビが入ることによって、親と子の2者関係が少しずつ崩れ、家族の中で(TV−親) と (TV−子)の分裂が生じ、親子の絆に亀裂が生じていたのであった。しかし、この当時の親は、まだしっかりしていたし、この亀裂は最初のうちは微小なものであったので、この亀裂が将来もたらすであろう大きな不幸に気付くヒトは少なかったのである。
それからテレビに続いて次々に娯楽用のメディア機器が大量に普及し、家のなかは、メディア家電があふれ、人間と機械との共存・共生の生活が当たり前のようになった。それらはたとえば、音楽プレイヤー、ビデオ、ウォークマン、ゲーム機、CD、DVDなどであった。最近ではケータイ、i−POD,i−PADのように、1台で、あらゆるメディア情報を完備し、しかも常時、人間が身に着けて、一時も手放さないものがあり、赤ちゃんが哺乳ビンを手放さないように、これらを一時も手放したくない人々も大勢、出てきてしまった。これらの機器はテレビと同じか、それ以上に魅力的で、ヒトをトリコにする魔力をもっていた。そして人間がこれらに注目すればするほど当然、自分の周囲で一緒に生活をする生きた人間にたいする気配りが、おろそかになってしまった。結局、これらの機器は、基本的に、テレビと同じように親子関係などの人間関係に亀裂を生じさせる作用とか結束力を弱める作用を持っていたのであった。親子関係と夫婦関係に亀裂があり、家族関係が弱体化すると、その子供は、成人期においてもストレスに弱い人間になってしまうのである。このことは、最初のうちは、あまりハッキリとは、わからなかったが、すでに種々の悪影響が、様々な社会現象として現れ始めたわけである。
「親がテレビに熱中するだけで子供にそれほど大きな影響があるのか? 少し大げさではないのか? 」
と疑問を投げかけるヒトもいると思うが、もし、テレビを見たいために、携帯のメールを見るために、子供が話したい素振りを見せている時に相手にしなかったり、子供の言葉にていねいに応答しないことが、しばしば繰返されるようであれば、これは現在では人権無視(ネグレクト)とされ、虐待の初期段階とされている。このように一見、些細な、取るに足らない、何気ない行為の積み重ねが、間違いなく確実に子供の将来に暗い影を落すことを、いつも忘れてはならない。この辺の事情については、本ブログ中の記事「子供時代の思い出がストレスに強い人間を作る」「児童虐待に隠された、もう一つの危機」に述べた通りである。
ここで注目すべきことは、人間と機械(擬似的ベイビーシッター)との共存・共生の生活が本格的に開始してから60年以上経過しており、これは、2〜3世代分の年月に相当するということである。つまり小学校時代をテレビ漬けで過ごした最初の親Aが子供Bを育成し、子供Bが成人して結婚すれば、親Bは子供Cを育成する、子供Cは親Cになり子供Dを育成するということになる。親の資質にかんしてはA-B-C-Dという具合に後になるほど劣化が著しくなるのは明らかであろう。つまり、まず始めに親子の絆が弱ければ、ストレスに弱い子供を育成し、その子供が成長すればストレスに弱い親になってしまう。ストレスに弱い親が子供を育成すれば、著しく劣化した人間を作ってしまう。後期世代の子供たちは、生後すぐに大量のメディア機器に囲まれてしまう。また劣化した親と機械(擬似的ベイビーシッター)の両方を相手にしなければならないため、子供の育成環境と子供の資質は加速度的に劣化することになる。このように劣化した子供は、成長し著しく劣化した親になってしまう。ここで不幸にも著しく劣化してしまった親の特徴をまとめると以下のようになる。もちろん、劣化の度合いが、まだこれほどまでには、いかない健常者が大部分であるとは思うのだが。
1、 職場・家庭のストレスを子供・配偶者に八つ当たり(虐待)する。
2、 ストレスに弱く、ストレスによる病気にかかりやすい体質になる。
2、 子供の面倒を見るのをイヤがる。子供との対話、スキンシップの不足。
3、 子育てを続けていく途中で、子育てに対する自信を喪失しやすい。
4、 夫婦仲が、あまり良くないケースが多く、常時、離婚の危機に瀕している。
5、 立場の弱いヒト、あかの他人に対して虐める、暴れる、脅迫するなどの酷いこ とを平気でおこなう。
5、 部下を育成する意欲に欠ける。
後期世代の親には、このような特徴が顕著になる。下の記事は、小児期において、このような劣化した親に育てられた子供が成人すると「苦難とイバラの人生」と強く戦うことができなくなってしまうという実例である。これは魔のスパイラルとでも言えるだろう。長い年月を経て人間が螺旋状に劣化していくメカニズムの解明に役立つものである。
原題 小児期における逆境は、成人後の苦難に加算されストレス効果を倍増する。(新研究)2010、6・13 PHYSORGより翻訳
トラウマ体験をした子供は、ネガティブな感情(不安・抑うつ)のサイクルに突入する。それが健康状態に影響し、早死にを招く。(著名な健康心理学者による)
「親が死んだり、夫婦の深刻な問題を目撃したり虐待された子供は、後年の人生においてストレス耐性が弱くなる。」「われわれの研究によれば、子供の頃の逆境がヒトの健康に長い影を落し、このような経験をしなかったヒトに比べて炎症と細胞の早期老化を引き起こしやすいことがわかった。逆境が複数重なった場合においては 7〜15年、寿命が短くなることがある。」(Janice Kiecolt-Glaser,オハイオ州立大学、医学部、)
彼女は土曜日に「ストレスは、いかにして殺人を犯すか。その損傷と様々な治療」というトピックで講演した。
アメリカ心理学会118回大会
58人の介護者のコミュニティのサンプル(アルツハイマー病、他の進行性認知症の患者を持つ親または配偶者。)と74人の人口統計学上の介護義務を持たない人々を使用した。
Kiecolt-Glaserと共同研究者であるRonald-Glaser及び共同執筆者は、ネガティブな感情とストレスに満ちた体験が、どのように生化学的マーカーに影響するかを調べるために、うつ病のレベルと子供時代のトラウマの発生について分析した。また、著者らは、子供時代における虐待が、介護の苦労と慢性的ストレスを増大し、精神的・身体的健康を損なうかどうか知りたかった。
研究者たちは、いくつかの血液炎症マーカーを測定した。それらは、サイトカインのインターロイキン(IL−6),腫瘍壊死因子アルファ(TNF−a),テロメアの長さであった。テロメアはDNAの鎖の両端である。短いテロメアは老化、加齢に伴う病気と死にリンクされている。IL−6、TNF−aは心血管、自己免疫や感染症にリンクされている。
参加者は、過去において自分が、児童虐待や人権無視(ネグレクト)をされたかどうか、うつ病経験の有無についてのアンケートに答えた。内容は、小児期に父母を失ったかどうか、深刻な夫婦間の問題を目撃したかどうか、精神的な病気やアルコール乱用に苦しんでいる家族と伴に育ったかどうか、家族内に親しくなれない大人がいたかどうか、である。
参加者の中で免疫系の病気のヒト、つまりガン、糖尿病、最近手術したヒト、また抗炎症薬常用者も除外した。
参加者のサンプル中において、42人(32%)が子供時代において身体的、精神的、性的虐待を受け、90人(68%)が児童虐待を受けてないと報告している。参加者の58人(44%)が子供時代の逆境はなかったとし、43人(33%)は子供時代の逆境を一回経験し、31人(24%)は逆境を複数回経験したと報告した。
「子供時代の逆境は、年齢・介護状態・性別・身体質量指数・運動・睡眠に関わらず、テロメアの長さを短くし、炎症レベルを上昇させる。」「長時間にわたる炎症は、心血管疾患、骨粗しょう症、関節炎、2型糖尿病と特定のガンに関連している。」
;Kiecolt-Glaser
児童虐待と病気の配偶者または親の看病を経験すると、高レベルのうつ状態になる。
;Kiecolt-Glaser
「これら子供時代における体験は後年の人生において、永続的な測定可能な悪影響をもたらす。たとえば家族の認知症介護のような大きな苦難の際に、大きな差異を認めることができる。これらストレス効果に対して早期介入をすることは重要である。」
本研究・その他が提案することは、心理的要因が免疫系に影響し、加齢に伴う種々の病気の発生と進行に影響を与えることであある。心理療法・運動・ヨガ・瞑想はネガティブな感情を減少させることができる。これにより最初の発生箇所において炎症を抑えることができる。;Kiecolt-Glaser
米国心理学協会による
当ブログのコメント;
上の記事の文中において、「親の介護」を「育児」または「仕事上のトラブル」「夫婦のトラブル」と置き換えて読むと、わかりやすい。
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原文
http://www.physorg.com/NEWS201061309.HTML
この記事は、PHSORG殿の許可を得て訳出しました。なお、翻訳については、当サイト運営協力者である M・K・さんにお願いしました。
児童虐待問題に隠された、もう一つの危機
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最近テレビニュースでは、子供の虐待による殺人事件が、さかんに報道されている。記憶に新しいところでは大阪で離婚したホステスが子供2人を部屋に監禁・放置して餓死させた事件がある。
日本では現在、虐待で死亡する子供の数は年間50人で、一家心中を含めると年間100人死亡しているらしい。虐待で死亡させるのは最悪のケースであるが、もうすこし、まともな場合には、現在では児童擁護施設に入所させる。児童擁護施設は昔は、「孤児院」と呼ばれていたが、現在では、孤児は少なく、親はいるが養育不可能(虐待を含む)による入所は年々増加している。(2006年においては虐待による入所は 6割に達した。)(ウィキペディアによる。)
児童擁護施設は全国で564施設で、児童数は 30,846人(20007・10月)で、この数字を見ても、無責任な親が増えたことと親の資質と育児環境が劣悪化していることを伺い知ることができる。(ウィキペディアによる。)もちろん実際には、児童擁護施設に入所させない児童であっても、家庭内でかなり酷い扱いを受けている児童は多数、隠されていると思われる。日本社会における平均的な家庭の育児環境は、全体的に劣悪な方向へシフトしていることは間違いないといえる。たとえば、虐待とはいえないけれど、人権無視(ネグレクト)、つまり児童を、まるで「ぬいぐるみ」のように取り扱うなどは日常茶飯事のようになりつつある。このように近年の日本では、親が健在でも孤児同然または孤児以下の生活をしていたり、両親と同居していても昔の孤児よりも、もっと酷い環境に置かれている児童は、たいへん多いように思われる。今の日本では、逆に児童擁護施設に入って成人まで育った方が実の親に育てられるよりもはるかにまともに育つというケースも多いのではないのかと思われる。このように劣悪な家庭環境で育った児童は成人すると、いったいどんな大人になってしまうのだろうか? 本当に心配になってしまう。
ところで孤児問題とは一見、無関係に思えるが、若者がひきこもりになる、きっかけは、
「職場になじめなかった。」 23.7%
「人間関係がうまくいかなかった。」 11.9%
(2010・7・23内閣府調べ)
となっているが、このように 35.6% の若者が職場の先輩・同僚とうまくやっていけないという原因をさらに追究すると、結局、児童の健全な育成の問題と同じ根っこに行き着くのではないのか? つまり、小児期における家庭環境にも一因があるのではないかと思われる。極端な虐待は無かったかもしれないが、やはり育児に関して充分な配慮を欠いていたのではないのか? このことは、ひきこもりになった側だけを一方的に責めるわけにはいかない。もちろん雇用する側においても、親密な仲間関係を構築する努力が欠けていたともいえる。今の社会においては全体的に親密な仲間関係を構築する力が弱くなっているのではないかと思われる。そして、その原因は、やはり小児期にあるのではないのか?
以下の記事は、この仮説に対する裏づけである。
原題 成人後において親密な人間関係が構築できるかどうかは、父―子の関係の良かったか悪かったかで決まる。(physorg /NEWS2007/2/19 より翻訳)
ハイファ大学・社会福祉学科の最近の研究によれば、父―子関係と成人後における親密な人間関係を構築する能力との間には関連性があるという。Nurit Nahmani博士が行った調査では、父―子関係の品質を3つのグループに関して検証した。その3つとは、孤児、両親が離婚した子、何の問題もない家庭の子供である。通常夫婦の子では、82%が親密な人間関係を構築したが、一方孤児では62%、離婚した親の子では60%であった。
ハイファ大学のYossi Guttman教授とAnnon Lazar博士によってなされた調査では、22歳から32歳までの231名の男女について評価された。この中の孤児は、6〜12歳で父親を亡くした。両親が離婚した子供は、同じ時期に父親の不在を経験した。参加者の父―子関係と親密さを形成する能力(成人パートナーへの接近力、性的魅力、委任する度合い)を測定するために様々なパラメーターを使った。
この調査で指摘されたことは、父不在の人々の場合には、ネガティブな感情と距離感が著しいため、パートナーとの間に親密な関係を築くのが困難であることであった。もう一つの指摘は、バランスの良い父―子関係(距離感)と成人後における親密な人間関係を形成・維持する能力との相関関係である。「この結果が示すのは、孤児と両親が離婚した子は、父との感情的つながり方が異なっていることである。孤児は父親を偶像化するが、一方、両親が離婚した子は父親に対してフラストレーションと怒り感じる傾向がある。」
;Nahmani博士
この研究は、また父親喪失という大きな感情は、成人後における親密な人間関係の構築の機会を減らすことを指摘している。「父親喪失に適応し、父との関係との変化を体験したために、喪失感が長期的に見れば能力不足につながってしまう。父が永久的または一時的に不在であった参加者の41%は、喪失感を訴え、人間関係に巻き込まれたくないとしている。そして、その喪失感は、また捨てられるのではないかという恐れを伴っている。」
;Nahmani博士
この研究における、もう一つの発見は、父親との情緒的関係と望んだ時に親密さを獲得する能力との間の関連である。父親と情緒的に距離感がある参加者の場合には、パートナーと物理的に接近し親密になるのは困難であると報告された。けれども、一旦親密になった場合には、孤児と両親が離婚した子供では、高レベルの接近と委任が認められた。子供時代に父が不在であっても、親密な関係を獲得する潜在力が存在すること
を示している、とNahmani博士は言う。彼らが成熟するにつれ、困難に打ち勝った者は、親密な関係を構築することができた。
「この研究により、父―子関係の品質と、後年の人生における人間関係との決定的な関連性が明らかになった。このような子供たちのニーズに応えるために、父親喪失における長期的効果について研究を続けることは重要である。」Nahmani博士
当ブログのコメント;
新卒者が、最初に就職する会社を、彼の父親と考えて、上の記事を、別の観点から読み直すと、興味深い。つまり最初の会社の就職に失敗して、退職したヒトは父親を喪失した孤児(または両親が離婚した子)のようなものだということになる。孤児は次の会社でも「親密な人間関係を形成する能力が不足している」ため「人間関係に巻き込まれたくない」ために、「また捨てられるのではないか」という不安を抱きつつ転職を繰返してしまう。または就職をあきらめてしまう。だからこそ最初の会社を退職する場合には、然るべき相当な理由がなければ安易な気持ちで決行すべきではないのだといえる。結局、待ち受けているのは、一度はまると脱出困難なフリーター/ニート人生なのである。
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原文
http://www.physorg.com/NEWS91115690.HTML
この記事は、SHSORG殿の許可を得て訳出しました。なお、翻訳については、当サイト運営協力者である M・K・さんにお願いしました。
子供時代の思い出がストレスに強い人間を作る。
- 2010.10.09 Saturday
- ハピネス・レベルを上げるには?
- 07:57
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- by kobayashi-gd5
子供と親の関係が希薄になったことは、最近よく話題になっている。
テレビでは、数10年以上もの間、自分の子供と連絡をとっていない老人が孤独死したニュースが頻繁に流れ、子供が親の死亡届けを出さないために戸籍上100歳以上の老人が続出したことも記憶に新しい。これもまた日頃、親子が会話をする機会が、まったくないということが、その主な原因であることは明らかである。
子供が成人して親から離れると疎遠になってしまうのは、やはり子供の生い立ちに問題があるのだろう。つまり子供時代における親子どうしの付き合い方が変わってしまった。たとえば、
大昔の親
・ 子供にお話をする。本を朗読して聞かせる。
・ 紙製のトランプ、かるたで遊ぶ。
・ キャッチボール、サッカー、野球、たこ揚げ、コマ回し、剣玉などで一緒に遊ぶ。
現代の親
・ DVDを購入して、子供に見せる。
・ ゲームソフトを購入して子供に与える。一緒にゲームをする。
・ 同上
ボクが子供の頃、親に連れられて、その当時、話題になっていた子供向けSF映画を観るために映画館に行ったことを今でも覚えている。その時の映画のタイトル、ストーリー、印象的なシーン、俳優の服装、顔つきさえも思い出すことができる。しかし、どうしたことか、誰と一緒に行ったのか、思い出せないのだ。おそらく父か母であることは間違いないと思うのだが。隣に座っていたはずの親についての記憶が完全に消滅してしまった。まったく親不孝な話ではある。
たとえば、DVDを子供と一緒に鑑賞したとしても、やはり同じで、子供の注意は、TV画面に向けられ一緒にいた相手のことなど、ほとんど眼中にはない。TVの登場人物の顔などは鮮明に記憶に残るが、隣にいる親の表情など、あまり気に留めない。子供がTVを見過ぎれば「親の顔が老けたと」か「白髪が増えた」とか、「顔色が悪いから病気じゃないか?」 とかいうことをまったく気にしない人間になってしまうのである。TVゲームを親が一緒にプレイしたとしても、やはり子供から見れば一緒にプレイする相手は機械でも人間でも、さほど変わりなく、プレイできれば、そんなことは、どうでも良いのである。また親でも友達でもゲーム中の相手に人間的な個性というものを肌で感じとることは大変、難しいといえる。したがって現代の親は個性が無いうえに影が薄い。まるで幽霊のような存在になってしまった。
ボクが子供の頃、コミックが大好きで毎日2〜3冊以上のコミックを読むのを日課にしていた時期があった。今では、まったくコミックは読まないため、コミックに関する記憶は、まるで記憶喪失症のようにスッポリと抜けてしまった。しかし今でも、たった一つだけ記憶に残っている印象的なエンディングのシーンがある。たしか手塚治虫の作品だったとおもうが。
「故障して航行不能になった宇宙船の中に取り残された主人公が、地球に帰ろうとしている仲間の後を追いかけて、脱出用の船に乗り込もうとすると、メイド服を着た子育てロボットに取り押さえられてベッドに固定されてしまう。仲間の船は主人公を置き去りにして出発してしまう。この子育てロボットは、面倒で不快で手間のかかる子育てから親を解放するために人類が開発したもので、子供にミルクと食事を与え、子供が危険一杯の外の世界に出ないように子供を監視・保護する機能だけを備えたものであった。主人公は大声で泣き叫び、暴れるが子育てロボットの腕力が強いためどうすることもできない。主人公は、もう大人なのに赤ちゃん用の哺乳ビンを無理やり口に入れられ、赤ちゃん用のエプロンを着けられ狭い宇宙船の船室の中で子育てロボットと共に永遠に宇宙空間をさまよい続けるのであった。」
子供の安全と子育ての苦労の軽減を狙って開発された子育てロボットに似たものは、現代では、すでに多数、実在している。しかし、子育てロボットは結果的に見れば親子の絆を弱体化させるのに役立っただけであった。そして親子関係の絆が弱体化すると、どうなるのか?
これが今回、紹介する記事のテーマである。
原題 子供時代における父との思い出は男性のストレス処理能力に永続的な影響を与える。(physorg /NEWS2010/8/12 より翻訳)
自分の父親に関して好ましい記憶を持っている息子は、日々のストレスに直面しても、比較的、感情が安定している。あらゆる年齢の成人、数百人について研究した心理学者による。
カリフォルニア州立大学、心理学教授Melanie Mallers博士,はアメリカ心理学会第118回大会において調査結果を発表した。
「ほとんどの子育てに関する研究は母親との関係に焦点を当てている。しかし、われわれの研究において示すのは、父親が、子供の後年の精神衛生に対してユニークで、重要な役割を果たすということである。」;Melanie Mallers
この研究では912名の男女が8日間にわたり、電話による短いインタビューを受け、当日の体験について話した。質問者は参加者の精神的苦痛に焦点を当てた。(つまり、意気消沈した、悲しかった、神経質になった。等)彼らは当日、ストレスを感じたかどうか尋ねられたのである。これらの出来事は、家族や職場における論争、意見の相違による精神的緊張と差別待遇であった。
また、参加者(24歳〜74歳)は、子供時代の両親との関係が良いか悪いかについても、報告した。たとえば、彼らは次のような質問に答えた。「成長期における、自分と母親との関係を、どの程度に評価するか?」「あなたが母親を必要としたときに、母はどれくらいの時間と回数、面倒見てくれたか?」などである。同じ質問が父親についても、なされた。被験者の年齢・子供時代の親の年収・現在の年収・神経症の有無・両親は健在かなども調査された。
参加者は、子供時代においては、概ね父親よりも母親との関係が良好であった。男性の場合は、女性に比較して母―子の関係が良好であった。母―子関係が良好であったヒトは、母―子が、うまくいかないヒトに比べ心理的苦痛が 3%少なかった。;Melanie Mallers
「これらの結果は驚くに値しない、過去の調査によれば、母親は、たいてい、面倒見が良いし、快適さの源泉である。」「私が興味深く思ったのは、参加者の父親との関係と、日々のストレスに対する感情的リアクションである。」;Melanie Mallers
子供時代において父親との関係が良好であった男性は、そうでない男性に比べて成人後において日々のストレスに対して感情的になりにくい。女性の場合は、必ずしも、いつでもそういう傾向があるわけではない。
両親との関係の品質は、毎日どれくらいの回数でストレスを感じたかと関連していた。両親との関係が悪ければ、関係が良いヒトに比べ不快なストレスを感じる出来事の回数が多かった。
Melanie Mallersは、両親との間の関係が健全であるか不健全であるかは成人後のストレス処理能力と関係していると説明した。「たぶん思いやりがあり気配りをする両親は子供の対人処理能力を発達させるのだろう。それは子供が子供時代から成人した後においてもずっと効力が続くのである。」
男性の父親との関係がストレスに対する感情的反応となぜ関係するのか具体的理論を提示するのは難しい。その理由は、この研究においての対象が、米国のあらゆる年代の全ての年齢を含んでいるためである。
「父親の役割は、最も年寄りの参加者が子供であった時代から劇的に変化した。」
「われわれは父親が子供(とくに息子)との相互関係においてユニークな役割を果たすことを知っている。子供の感情耐性に関して両親が与える影響については、さらなる研究が必要である。」
アメリカ心理学会
当ブログのコメント;
結局、ストレスに強い息子を育成するための条件とは;
1、 父親が妻などの家族と良好な関係を持ち、安定した職に就き、精神的に安定しコンディションが良好であること。
2、 父親と息子が子供時代において良好な絆で結ばれていること。
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原文
http://www.physorg.com/NEWS200849688.HTML
この記事は、SHSORG殿の許可を得て訳出しました。なお、翻訳については、当サイト運営協力者である M・K・さんにお願いしました。
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